コラム:エアストリームの意外な効用

Cクラブメンバーコラム
文:竹久おさむ(たけひさおさむ)

古いハリウッド映画「アルタード・ステート」をご覧になったことがあるだろうか?

確かその後リメークされたと聞いたが、僕自身新しい方は観たことがない。古い時代のSF映画をリメークするのは、最新のコンピュータグラフィックスを駆使して、よりリアルな映像で観客に楽しんでもらおうということだと分かっている。しかし、こと「アルタード・ステート」に関しては、ストーリーの表現技法などよりもストーリー自身が持つ衝撃の方が大きすぎて、リメーク版を観る必要を全く感じなかった。

無論、ここでそのストーリーを伝えるなどという無粋なことはしないが、そこで登場する人体実験装置についてお話しすることから、僕(一応博士)のエアストリームに対する異常な愛情についての物語を始めよう。

映画に登場した装置は、金属製の棺桶のようなもので、その中に被験者が一人で横になれる大きさがある。音や光による外部からの物理的刺激が完全に遮断されるように作られているだけでなく、内部には人体の比重と同じ比重の塩水が入っていて体温と同じ温度に設定されている。
そのため、被験者はまるで母親の胎内に浮かんでいるような感覚となる。このような環境に置かれた場合、被験者の意識が正常な状態から変性してしまい、ある種の異常な意識状態(それをアルタード・ステート=変性意識状態と呼ぶ)になることがある。そして、自ら被験者となって実験装置に入っていった博士は・・・!?

その先は、是非DVDで観て頂くことにして、この実験装置にまつわる僕自身のストーリーをお披露目しよう。
1969年は、アメリカの有人宇宙船アポロ11号が初めて人間を月世界に送り込んだ記念すべき年だ。高校生だった僕は打ち上げから帰還までのテレビ中継に釘付けとなり、宇宙飛行士を発射台に送り込む銀色の専用車や、月から帰還した宇宙飛行士を隔離する銀色のトレーラーの存在を知った。これが、無意識のうちに果たした僕とエアストリームとの初めての出会いだ。
いつかは、あの銀色の専用車に乗り込んで発射台に向かい、遠い宇宙から帰還した後に未知の宇宙病原体感染防止のため銀色のトレーラーに缶詰となるんだ。そう夢見ながら、大学は天文学科に進んだ僕だったが、どこでどう道を間違えたのか・・・気がつくと宇宙への夢などとっくの昔に忘れてきてしまっていた。

だが、意識に上ることこそなかったものの、潜在意識の深い奥底では(宇宙への夢を実現できていないという)忸怩たる思いが渦巻いていたのではないだろうか。そんな父親の寂しそうな後ろ姿に気づいたわけでもないだろうが、中学の頃から荒れていた下の娘が一念発起の末大学は航空宇宙工学科に進学してしまった(おまけに今では同じ研究室で大学院にまでも入れて頂いた)のだ。
親父の夢を娘が継いでくれるのはうれしい。だが、半面自分の手が全く届かなかったという歴然とした事実も、余計に印象強くなってくる。そんな頃だ、偶然にも観たハリウッド映画「トゥームレイダーズ」の中に、あの銀色の専用車を再び見つけたのは。しかも、主人公を助ける科学者くずれの何でも屋が寝泊まりして研究を続けている小さな秘密基地といった設定だった。
これなら今の僕にピッタリだ!そう直感した後の行動は早かった。これはアメリカのエアストリーム社が注文生産しているキャンピングトレーラーで、アポロ宇宙船やハリウッド映画でお馴染みの銀色の車体は飛行機と同じアルミ合金をリベット打ちした結果という。
すぐにエアストリーム社のホームページで最新モデルを調べたところ、同じエアストリームの中でも「インターナショナルCCD」というモデルに目がとまった。他のモデルと違って、内装までもがアルミリベット打ちで、まるで宇宙船の中で暮らしているような雰囲気を醸し出しているではないか。これしかない!

そう思った僕は、エアストリームを日本で専売しているエアストリームジャパンが催している行事予定の中から一番早く開催されるオートキャンプの情報を仕入れ、会場だった猪苗代湖畔を訪ねた。
そして、埼玉のエアストリームジャパン本社からでかいエアストリームを牽引してこられたKTさんにお目にかかったときに、この方なら大丈夫だと直感し、インターナショナルCCDの22フィートモデルを即決してしまった。5月のことだ。
岡山に戻り、さてこの自分の城ならぬ銀色の巨大カプセルをどこに置こうかと思案したが、こうなったら数年前に他界した親父が遺してくれていたにもかかわらず単なる物置状態になっていた立派な日本家屋を解体してしまうしかない。
20年前に建ててくれた地元の建設会社荒木組の監督に依頼したところ、それもまた我々の仕事と割り切って解体・整地さらにはエアストリームを設置するための上下水道・電気・通信等の設営を引き受けて下さった。
6月からアメリカで制作が始まった我がインターナショナルCCDの完成予定は8月とのこと。船で日本に運んだ後岡山に納車となるのが11月になるということで、うれしくて有頂天になっていた僕だったが、そんなときを狙うのだろう、病魔という奴は。9月始め頃から全く便が出なくなった僕は、それでも妊婦のように膨れあがったお腹をさすりながら、便秘というのはこんなものなんだろうと気にもせずに過ごしていた。放っておけばいつかは出るだろうと信じ。

ところが、ところがだ。
9月末になってもまだ便が出ない上にいつもは出過ぎてさえいたオナラも出なかったため、お腹にたまったガスだけでも抜いてもらう薬を出して貰おうと近所の町医者を覗いてみた。
診察室に入った僕(のお腹)を一目見た医者は、「こんなところでマゴマゴしている暇はない。すぐに救急で大病院に行ってくれ」と言う。 この藪医者め! 
膨れた腹の中でそう毒づいた僕だったが、医者にそうまでいわれて急に心配になり、観念して大病院の救急受付に担ぎ込まれることとなった。
このときの顛末はそのうち本にしてお披露目しようと考えているので、ここでは触れないことにする。結果として、知らない間に進行してしまった大腸ガンによる腸閉塞のために便が滞っていたことが判明し、腸壁に亀裂が走るくらいに溜まっていた6リットルの便とリンパや血管系にまで転移していたガン組織を始末する緊急大手術が成功し、10月末には退院できることになった。
病気を心配した荒木組の監督は家の解体計画を中止しましょうかと申し出て下さったし、エアストリームジャパンのKTさんも納車のキャンセルを覚悟して下さった。だが、僕自身は退院したらインターナショナルCCDのカプセルの中で短い余生を過ごすつもり(覚悟?)だったので、ごく当たり前のように病室から予定通りの解体と納車をお願いしていたのだ。
そういうわけで、僕が入院している間に家は解体され、銀色のカプセルを設置するための設備も整備されたために、病院から引き上げてきたときには親父の家の跡にはインターナショナルCCDカプセルの着陸用地がポカンと主の到着を待っていた。
今でこそKTさんは笑って教えて下さるが、予定どおりに11月に納車にき下さったときに私の余りの弱々しさを目の当たりにして、この先大丈夫なのだろうかと内心大いに心配して頂いたそうだ。

だが、その後の僕はこのような周囲の方々の心配をよそに、とてもこんな病気になった人間とは思えないほど結構ハードなスケジュールをこなしながら、気がつけばまもなく(術後2年以内での再発・転移確率が75%と主治医に釘を刺された)2年が経とうとしているが、その間風邪すら引くこともなく元気にやってこれた。
先日広島でキャンピングカーの展示会があり、エアストリームジャパンのKTさんもお仲間といっしょに広島にお出でとのこと。
納車以来ご無沙汰していたことをお詫びがてら、岡山から展示会場まで出かけていき、その晩は広島市内の八丁堀界隈で旨い酒を酌み交わすことができた。話題は、もちろん見違えるように回復した僕の健康についてだった。酔って口が軽くなったわけではないのだが、僕は
「イヤー、退院してから毎日ずっと長時間エアストリームの中にいますからね。ひょっとすると、それで元気になったのかもしれませんよ」
などと無意識にしゃべっていた。
すると、エアストリームジャパン倉敷代理店の方が「そういえば、ちょっと風邪を引きかけたかなというとき、仕事で長時間エアストリームの中にいなくてはならないことがあったときには、むしろ気がつかない間に風邪がトンでしまうということが何度かありますね」
と教えて下さった。

「エー、本当ですか? だから、僕も仕事がきついときほど元気なのかなー?」とは、エアーストリームジャパンのKTさん。
聞けば、忙しくて仕事を家に持って帰らなくてはならないとき、仕事場を兼ねているエアストリームを牽引して家まで帰り、夜遅くまでエアストリームに籠もって仕事を片づけているとか。

「会社のビルで夜遅くまで残業するよりも、家に持って帰ったエアストリームの中で仕事する方が翌日がはるかに楽なのは、それがまあ家族の愛情かナーなどと無理矢理考えていましたが、なーんだエアストリームに籠もってたから元気だったんですね!」
と、極めて納得顔のKTさんだったが、不意に僕に向かって質問なさるではないか。
「ねー、先生。確か物理学がご専門ですよね。一体、なぜエアストリームに籠もっていると皆が元気になるのか、何かの理屈でちゃんと説明できますか?」
急に振られてビックリした僕の頭に不意に浮かんできたのが、冒頭に書き出した「アルタード・ステート」のストーリーだった。そうか、そうだったのか。

いささか狡い話だが、僕自身が自分が考え出しながら説明していく内容に納得しながら、KTさんとお仲間の方々に自分の体験を話しながら、きっとこうに違いないという仮説を展開していったのだ。

アルタード・ステートの棺桶は、光や音などの外部からの物理的刺激をいっさい遮断するために、金属製の特殊な防音容器で作られている。金属だから光も通さないのはもちろんだが、それよりも重要なのは金属による静電遮蔽効果だ。高校物理程度でも習う電気現象の一つだが、要するに金属で周囲を囲まれた空間の中には外部からの電気的な揺籃が入ってこないというもの。早い話、歩いていて雷に撃たれれば即死だが、(金属で囲まれた)車の中にいれば例え雷が車を直撃しても中の人間には影響しないということ。
この静電遮蔽効果のおかげで、アルタード・ステートの棺桶の中にいる被験者は、自分の身体組織が作り出す電気変動や音だけを選択的に自分自身を取り巻く物理環境とすることができる。
ハリウッド映画の中では、その結果被験者となった博士自身の脳組織が異常な進化や退化を見せることになるのだが、現実にはそこまでは報告されていない。ただ、変性意識状態と呼ばれる不可解な意識状態となって、例えば前世の記憶が蘇るとか、意識だけが遠い外国や他の惑星を訪ねるなどという興味深い現象が生じる率が高いそうだ。
アルタード・ステートの棺桶が外界からの物理的接触を完全に遮断する目的で作られているからこそ、このような人間の潜在意識下にある未解明の能力や記憶が出現するのだろうが、では脳以外の身体組織についてはどうなのだろうか? 
これについては、ほとんど研究がないのだが、同様な金属製の棺桶と理解できる潜水艦の搭乗員における士気の高さが、歩兵や水上艦勤務水兵に比べて目立っていたという第2次世界大戦中の研究もあると聞く。
翻って、我がエアストリームの銀色のカプセルを見ると・・・、そう、周囲はアルミ合金で囲まれ、僅かの面積の窓だけがガラスでできている。それに、宣伝ではないが、エアストリームのアルミ合金の二重構造の間には防音効果の高い断熱材が封入されていて、外部の雑音は少なくとも中にいる人間には全く気にならないレベルまでカットされているではないか。おまけに、僕がカプセルに籠もるのは大抵が夜通しということは、窓から入る光もないということだ。
ということは・・・!!

そう、エアストリームのカプセルは、僕にとってアルタード・ステートの棺桶の役割をしていたのではないだろうか!? 
この銀色のカプセルの中に籠もっている限り、僕は外界からの物理的刺激を(完全にとはならないまでも)遮断した環境に浸るだけでなく、自分自身の身体組織から発生した電磁気変動のみが充満する静電遮蔽された空間に漂うことになるのだ。
そのため、大病の後にもかかわらず風邪一つ引かずに元気にやってこれたのかもしれないし、同様にエアストリームのカプセルに籠もる状況にある他の人達も風邪が治ったり、疲れがとれるという経験があるのではないだろうか。
無論、これを科学的に証明するためには、大規模な実験が必要になる。つまりは、エアストリームの銀色のカプセルに毎日籠もる被験者、要するにエアストリームのオーナーの数が増えなければならない。
その意味でも、キャンピングトレーラーを購入しようと考えている皆さんに、エアストリームジャパンのKTさんに大笑いして頂いたオチの台詞をご披露して、この駄文の終わりとしたい。

「だからね、エアストリームと同じ形でも、アルミ製でないとだめなんですよ!」

コラム:東日本大震災体験記

Cクラブメンバーコラム
文:前川 洋

購入後は北海道を巡るロングキャラバンを2度経験し、家族と共にエアストリームをフル活用した非日常を満喫する日々を送られています。

2011年3月11日14時46分。建物が崩れるまで揺れるのか!というほど強く長い間揺れ続いた東日本大震災。地震発生30秒後、付近一帯は停電となった。

子供たちは学校、妻は外出中。電話も不通で全く誰とも連絡が取れない。

職場をある程度片づけ、まずは家へ向ってみた。もう暗くなっていた。信号機も街灯も周辺の家々、建物が真っ暗である。不安な気持ちで家へ向かう。エレベーターが動かない。「そうか、停電だ。」玄関が開かない。「そうか、電気がないと開かないんだ。」我が家はオール電化としていたため、停電となると何もできない。そもそも中に入れなくなることに今さら気付いた。ガレージへ行ってみると、子供たち、家内ともエアストの中にいた。

「あ〜、みんな無事だ。良かった〜。」

暖房全開、家内はせっせと夕食の準備。子供たちは60インチのスクリーンを降ろし映画を堪能。やれやれ、エアストの主がいないのにみんな我がもの顔。いつものキャンプの要領ね。

シャワーを浴びすっきりしてまずは恐怖と不安を和らげるべくプシュッ!とビール。ほどなくパスタ、カルパッチョ、サラダ・・・そしてワイン。家族そろっての夕食はなんか久しぶり。高2の息子は「なんだいつもこうしてよ。普段より豪華な夕食じゃん。」

小1の娘も「いつもより楽しい。みんなずっと一緒でキャンプみたい。」“楽しい”は不謹慎。でも小学校1年生だからしょうがないか。確かに普段よりいい暮らしかも・・・普段はみんなバラバラ各人の部屋に!だからね。

子供たちが寝た後、大人はワインとつまみと5.1ch音響抜群の中で、本格的映画鑑賞。

エアスト内はというと、3口ガステーブル、電子レンジ、ガスオーブン、ガスヒーター、クーラー、シャワー、トイレ70リットルと申し分ない。。

電気はバッテリーだけでも静かに過ごせば2〜3日はオッケーだが、発電機もあるし、キャンプに備えてガソリンも40リッターあり、電気に関しては1週間は心配ない。水もタンク満タンにしてあったので170リッター使える。暖房、給湯もガスボンベ60キロ分ある。まさにエアストさまさま。唯一心配なのは周囲の状況の把握。5階建ての1階がガレージのため、テレビが映らない。(このときの反省から今は屋上のアンテナよりガレージまでアンテナコードを敷いてある。)

翌朝恐る恐るガレージの外へ出て周囲の様子を伺うと、目の前の小学校は避難所となっていて、みんなダウンを着込んで身を寄せ合って食料の配給を受けていた。そう、停電のため周りのマンション住人は暖房も使えず、水も使えず、したがってトイレも使えず、調理もできず、・・・避難していたのである。外は-8℃。みんなブルブル震えている。店も何もやっていない。本当に大変なことになった。停電も復旧のめどさえないという。

エアストへ戻り状況を報告。「みんな大変だから暖房少し控えよう。」とは言ってみたもののインフルエンザも流行っているので・・・と大義をたてぬくぬく。

娘のお友達3家族も「寒い」ということで当避難車に来場。ママたちは[キャンピングカーっていいねぇ。]「すご〜い!快適!」パパたち「うちは買えないぞ。」と牽制。「!?」

娘もお友達と過ごせてご満悦。ほんとキャンプみたい。

日頃キャンプに突然出動したりするため、常に食料、水、燃料を用意していた。これがこんな形で活かされるとは思ってもいなかったが、そもそもキャンピングカーが非常時にとても役に立つということを実感した。今回の震災では3日間の停電をくらったが、そこで分かったことは、”電気がないと文化的生活は全く機能しない。逆に原始的生活は影響を受けない。”ということである。日頃キャンプをする人たちは、キャンプ道具を駆使して乗り切った。さらにキャンピングカーがあればなおさら心強い。

ちなみに蛇足ではあるが、インフルエンザにかかった時はエアストに1週間隔離監禁され、誰にも邪魔されずに映画を観たり音楽を聴いたり本を読んだりでなかなか快適に暮らせたりする。(最初の2日は高熱と痛みに苦しんだが・・・)またしこたま飲んで朝帰り。玄関はロック状態。「ではエアストに避難しよう!」とか、喧嘩状態口聞きたくない時もエアストに家出!?をする。エアストは非常時のシェルターとしてとても重宝している、僕の隠れ家秘密基地。これからも旅行時、非常時お世話になるであろうから、大事に付き合っていきたい。

前川 洋
岩手県盛岡市
機種:2004年式 International CCD 25F
購入年:2004年8月