お客様の声・コラム

コラム:東日本大震災体験記

Cクラブメンバーコラム
文:前川 洋

購入後は北海道を巡るロングキャラバンを2度経験し、家族と共にエアストリームをフル活用した非日常を満喫する日々を送られています。

2011年3月11日14時46分。建物が崩れるまで揺れるのか!というほど強く長い間揺れ続いた東日本大震災。地震発生30秒後、付近一帯は停電となった。

子供たちは学校、妻は外出中。電話も不通で全く誰とも連絡が取れない。

職場をある程度片づけ、まずは家へ向ってみた。もう暗くなっていた。信号機も街灯も周辺の家々、建物が真っ暗である。不安な気持ちで家へ向かう。エレベーターが動かない。「そうか、停電だ。」玄関が開かない。「そうか、電気がないと開かないんだ。」我が家はオール電化としていたため、停電となると何もできない。そもそも中に入れなくなることに今さら気付いた。ガレージへ行ってみると、子供たち、家内ともエアストの中にいた。

「あ〜、みんな無事だ。良かった〜。」

暖房全開、家内はせっせと夕食の準備。子供たちは60インチのスクリーンを降ろし映画を堪能。やれやれ、エアストの主がいないのにみんな我がもの顔。いつものキャンプの要領ね。

シャワーを浴びすっきりしてまずは恐怖と不安を和らげるべくプシュッ!とビール。ほどなくパスタ、カルパッチョ、サラダ・・・そしてワイン。家族そろっての夕食はなんか久しぶり。高2の息子は「なんだいつもこうしてよ。普段より豪華な夕食じゃん。」

小1の娘も「いつもより楽しい。みんなずっと一緒でキャンプみたい。」“楽しい”は不謹慎。でも小学校1年生だからしょうがないか。確かに普段よりいい暮らしかも・・・普段はみんなバラバラ各人の部屋に!だからね。

子供たちが寝た後、大人はワインとつまみと5.1ch音響抜群の中で、本格的映画鑑賞。

エアスト内はというと、3口ガステーブル、電子レンジ、ガスオーブン、ガスヒーター、クーラー、シャワー、トイレ70リットルと申し分ない。。

電気はバッテリーだけでも静かに過ごせば2〜3日はオッケーだが、発電機もあるし、キャンプに備えてガソリンも40リッターあり、電気に関しては1週間は心配ない。水もタンク満タンにしてあったので170リッター使える。暖房、給湯もガスボンベ60キロ分ある。まさにエアストさまさま。唯一心配なのは周囲の状況の把握。5階建ての1階がガレージのため、テレビが映らない。(このときの反省から今は屋上のアンテナよりガレージまでアンテナコードを敷いてある。)

翌朝恐る恐るガレージの外へ出て周囲の様子を伺うと、目の前の小学校は避難所となっていて、みんなダウンを着込んで身を寄せ合って食料の配給を受けていた。そう、停電のため周りのマンション住人は暖房も使えず、水も使えず、したがってトイレも使えず、調理もできず、・・・避難していたのである。外は-8℃。みんなブルブル震えている。店も何もやっていない。本当に大変なことになった。停電も復旧のめどさえないという。

エアストへ戻り状況を報告。「みんな大変だから暖房少し控えよう。」とは言ってみたもののインフルエンザも流行っているので・・・と大義をたてぬくぬく。

娘のお友達3家族も「寒い」ということで当避難車に来場。ママたちは[キャンピングカーっていいねぇ。]「すご〜い!快適!」パパたち「うちは買えないぞ。」と牽制。「!?」

娘もお友達と過ごせてご満悦。ほんとキャンプみたい。

日頃キャンプに突然出動したりするため、常に食料、水、燃料を用意していた。これがこんな形で活かされるとは思ってもいなかったが、そもそもキャンピングカーが非常時にとても役に立つということを実感した。今回の震災では3日間の停電をくらったが、そこで分かったことは、”電気がないと文化的生活は全く機能しない。逆に原始的生活は影響を受けない。”ということである。日頃キャンプをする人たちは、キャンプ道具を駆使して乗り切った。さらにキャンピングカーがあればなおさら心強い。

ちなみに蛇足ではあるが、インフルエンザにかかった時はエアストに1週間隔離監禁され、誰にも邪魔されずに映画を観たり音楽を聴いたり本を読んだりでなかなか快適に暮らせたりする。(最初の2日は高熱と痛みに苦しんだが・・・)またしこたま飲んで朝帰り。玄関はロック状態。「ではエアストに避難しよう!」とか、喧嘩状態口聞きたくない時もエアストに家出!?をする。エアストは非常時のシェルターとしてとても重宝している、僕の隠れ家秘密基地。これからも旅行時、非常時お世話になるであろうから、大事に付き合っていきたい。

前川 洋
岩手県盛岡市
機種:2004年式 International CCD 25F
購入年:2004年8月